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時事×心理

「セル・イン・メイ」は本当に正しいのか — アノマリーの真実を検証する

「5月に売って9月まで戻ってくるな」——投資の世界で語り継がれる格言「セル・イン・メイ」。本当に5月から夏は売り時なのか、米国・日本のデータと現代市場の構造変化から検証します。

注記: 本記事は投資助言ではありません。行動経済学・心理学の観点からお金の判断を考えるための情報提供です。

「Sell in May, and go away」その言葉、聞いたことありますか

毎年5月になると、投資メディアで必ず話題になる言葉があります。

Sell in May, and go away. Don’t come back until St Leger Day. (5月に売り払え。セント・レジャーの日まで戻ってくるな)

日本では「セル・イン・メイ」と略して使われます。5月に株を売って夏の間は市場から離れ、秋(9月中旬)に戻ってきた方がいい、という意味です。

しかし本当に5月は売り時なのでしょうか。この記事では、由来・データ・現代市場の構造を整理して、「セル・イン・メイ」がどこまで信じられるアノマリーなのかを検証します。

1. セル・イン・メイの由来 — イギリスの貴族文化から

この格言の起源は18〜19世紀のイギリス、ロンドンの金融街シティに遡ります。

当時のイギリスの上流階級・銀行家・貿易商たちは、夏になるとロンドンの暑さと社交シーズンの終わりを避けて、田舎の別荘や避暑地へ移動する習慣がありました。彼らが市場に戻ってくるのが、競馬の祭典「セント・レジャーステークス」(9月中旬)の時期だったのです。

つまりこの格言は、「市場の主要プレーヤーが夏は不在になる→取引が薄くなる→相場が動かない、または下がりやすい」 という当時の実情を表したものでした。

統計的なエビデンスというより、当時の市場参加者の生活習慣に根ざした経験則だったわけです。

2. データで見る — 米国市場のケース

では、実際のデータはどう語っているでしょうか。米国S&P500の月別平均リターン(過去70年程度)を見てみます。下のグラフは、青い棒が「プラスの月」、赤い棒が「マイナスの月」を表します。

S&P500 月別平均リターン(1950-2023年)

期間別の比較

期間月次平均リターン
11月〜4月(冬〜春)+約1.5%
5月〜10月(夏〜秋)+約0.4%

※ 11月〜4月の方が約3倍のリターン差。これが「ハロウィン効果」と呼ばれる現象の根拠。

たしかに11月〜4月の方が、5月〜10月よりリターンが高い傾向は統計的に確認されています。これを「ハロウィン効果」とも呼びます。

ただし注意が必要なのは、5月〜10月もプラスのリターンだという点です。「売って撤退すべき期間」ではなく、「比較的伸びにくい期間」というのが正確な表現です。

3. 発祥地イギリスのケース — FTSE 100で検証する

格言の発祥地であるイギリスではどうでしょうか。FTSE 100(ロンドン証券取引所の主要100銘柄)の月別リターンを見てみます。

FTSE 100 月別平均リターン(1986-2023年)

イギリス市場では、5月・6月・9月にマイナスや低調な月が集中しており、格言通りの傾向が比較的明確に見られます。発祥地らしく、過去のデータでは「セル・イン・メイ」の妥当性が一定程度確認できる市場です。

特に9月の弱さは際立っており、これが「セント・レジャーステークス(9月中旬)まで戻ってくるな」という格言の後半部分の根拠になっていると考えられます。

4. 日本市場のケース — 日経平均でも同じか?

日本市場でも同じ傾向は確認されているのでしょうか。日経平均株価の月別データを見てみます。

日経平均 月別平均リターン(1985-2023年)

日経平均でも5月・8月・9月が他の月に比べて弱い傾向があります。特に「6月のメジャーSQ前の調整」「夏枯れ相場」と呼ばれる現象が知られています。海外投資家が夏休みに入り、出来高が細る時期です。

ただし、日本市場特有の事情もあります。

  • 3月決算企業が多い → 4月〜5月は決算発表ラッシュで売買が活発
  • 6月株主総会 → イベント通過後にいったん売られやすい
  • 海外投資家比率が高い → 欧米投資家の夏休みの影響を受けやすい

つまり日本では「セル・イン・メイ」というより、「決算後の利益確定 + 海外勢不在による出来高減少」という構造が背景にあると考えられます。

5. その他の市場 — 欧州・新興国はどうか

主要先進国以外でも軽く触れておきます。

  • ドイツDAX:ロンドン市場と似た傾向。5月〜9月のパフォーマンスが弱め
  • 新興国市場(MSCI EM):先進国ほど明確な季節性は見られない。中国の旧正月、インドの予算発表など、各国独自のイベントの影響が大きい
  • コモディティ市場(金・原油):株式とは異なる季節性。原油は夏のドライブシーズン需要、金は秋のインド結婚シーズンが影響

つまり、「セル・イン・メイ」は欧米先進国市場の現象であり、グローバル全体に当てはまるわけではない、ということがわかります。

6. 現代市場でも有効か — 構造変化が起きている

ここが本題です。過去の傾向は、今後も再現されるのでしょうか?

現代の市場は、格言が生まれた時代とは大きく構造が変わっています。

要因過去現在
主要プレーヤー個人富裕層・少数の機関投資家アルゴリズム・パッシブファンド・年金
取引時間シティに集中24時間グローバル
情報伝達数日〜数週間リアルタイム
夏休みの影響大きい限定的(リモート対応可能)

**アノマリーは「広く知られた瞬間に消える」**のが市場の性質です。投資家全員が「5月に売って10月に買う」と知っていれば、4月末にみんなが売り始めるため5月の下落は前倒しされ、結果としてアノマリーが消える、という現象が起こります。

実際、2010年代以降は「セル・イン・メイ」が機能しない年も増えています

  • 2020年5月〜10月:コロナ禍で逆に大幅上昇
  • 2023年5月〜10月:AI相場でハイテク株急騰
  • 2024年5月〜10月:おおむね横ばい〜上昇

7. 個別株では特に難しい

セル・イン・メイはあくまで指数全体の平均的な傾向です。個別株に当てはめるのは無理があります。

例えば、

  • 小売・観光関連株:夏に売上が伸び、5月〜8月にむしろ買われやすい
  • 半導体株:需要サイクルや決算で動くため、季節性より個別要因が強い
  • 資源株:原油・金属価格の方が影響が大きい

「5月だから売る」という機械的な判断は、個別株の文脈ではむしろ機会損失になりかねません。

8. 逆もまた真なり?「Buy in October」は正しいのか

「セル・イン・メイが正しいなら、その逆——10月に買って4月まで保有——も正しいはずだ」

論理的にはその通りです。実際、**「ハロウィン戦略」**として、10月末に買い、4月末に売ることでリターンを最大化する手法が研究されてきました。

ただし、この戦略にも落とし穴があります。

ハロウィン戦略の問題点

  • 取引コスト:年2回の売買で手数料・スプレッドが発生
  • 税金:売却益に都度約20%の課税が発生
  • 機会損失:5月〜10月もプラスリターンであることが多い
  • 10月暴落:10月は歴史的に株価暴落(1929年、1987年、2008年)が多い月でもある

つまり、「絶対にBuy in Octoberが正解」とも言い切れないのです。

長期投資の観点では、売買回数を増やすほどリターンを毀損するというデータも豊富にあります。S&P500を機械的に持ち続けた場合と比べて、ハロウィン戦略が明確に優位だったかは議論が分かれます。

9. 結論 — アノマリーとどう付き合うか

ここまでをまとめます。

セル・イン・メイの結論

  1. 過去のデータでは確かに傾向はある。11月〜4月の方が5月〜10月よりリターンが高い
  2. ただし「売り時」ではなく「伸びにくい時期」。5月〜10月もプラスリターン
  3. 現代市場では弱まっている。グローバル化・アルゴリズム取引で構造が変わった
  4. 個別株には適用困難。銘柄ごとの事情が圧倒的に大きい
  5. 機械的な売買はコスト・税金で不利。インデックス長期保有が現実的には強い

セル・イン・メイは**「完全に正しい」も「完全に間違い」も極端**です。歴史的な傾向としては存在するが、現代の市場では効果が弱まっており、それを根拠に売買を繰り返すのは合理的ではない、というのが冷静な評価でしょう。

季節性に振り回されるより、「自分の投資目的に合った戦略を、淡々と続ける」 ことが、結局は最も再現性の高いリターンの源泉になります。

毎年5月に「売るべきか」と悩むエネルギーは、もっと別のところに使った方が、長い目で見て報われそうです。