「遠くの有事は買い」は本当か——過去5つの戦争データと「台湾有事」が日本に与える影響
戦争・紛争が起きると株価は下がる——では「遠くの有事は買い」という相場格言は本当に機能するのか。湾岸戦争・アフガン進攻・イラク戦争・ウクライナ戦争のデータから検証し、台湾有事が日本に与える影響を冷静に分析する。
「遠くの有事は買い」
投資の世界で語り継がれる相場格言だ。戦争や紛争が遠い国で起きたとき、市場は一時的にパニック売りで下落するが、実体経済への影響は限定的なため、すぐに回復する——だから買いの好機だ、という意味だ。
しかし、本当にそうなのか。
ロシア・ウクライナ戦争、中東情勢の緊迫、そして「台湾有事」が現実味を帯びる2026年。私たちは「遠くの有事」をどう判断し、投資行動にどう反映すべきか。
この記事では、過去の主要な戦争・紛争のデータから「遠くの有事は買い」の検証を行い、特に日本にとって決して「遠くない」台湾有事の影響について冷静に考える。
1. 「遠くの有事は買い」とは
格言の起源
「遠くの有事は買い」は、江戸時代の米相場まで遡れる古い格言だ。当時、海外の戦争のニュースが日本に伝わると、米相場が一時的に動揺した。しかし実際の米の供給には何の影響もないため、すぐに価格は元に戻った——その経験から生まれた教えとされる。
逆の「近くの有事は売り」もセットで語られる。自国や関係国が戦闘地域になれば、実体経済への打撃は深刻だからだ。
なぜ機能するのか——心理と実体の乖離
この格言の根底には、人間心理と経済実体の乖離がある。
| 要素 | 短期(1〜3ヶ月) | 長期(1〜3年) |
|---|---|---|
| 投資家心理 | パニック売り | 落ち着きを取り戻す |
| 実体経済への影響 | ほぼなし | ほぼなし |
| 株価 | 下落 | 元に戻る・上昇 |
つまり、短期の心理的下落が「割安な買い場」を作る——これが格言の核心だ。
2. 過去のデータで検証する
湾岸戦争(1991年1月)
イラクのクウェート侵攻(1990年8月)後、米国主導の多国籍軍が反撃した湾岸戦争。
湾岸戦争前後のS&P500推移(1990-1991年)
侵攻直後に下落、開戦と同時に上昇。「事実買い」が起きた典型例。
| 時期 | S&P500 | 変動 |
|---|---|---|
| 侵攻前(1990年6月) | 360 | — |
| 侵攻後底値(1990年10月) | 304 | -16% |
| 戦争終結後(1991年12月) | 417 | +16% |
侵攻直後に売っていれば-16%。1年後に買い戻せば+16%以上。 格言通りの動きを見せた。
アフガニスタン進攻(2001年)
2001年9月11日の同時多発テロを受け、米国はアフガニスタンに進攻した。
| 時期 | S&P500 | 変動 |
|---|---|---|
| 9.11直前 | 1,092 | — |
| 9月底値 | 965 | -12% |
| 1ヶ月後 | 1,059 | -3% |
| 1年後 | 815 | -25% |
ここでは結果が分かれる。短期の落ち込みは1ヶ月で回復したが、その後ITバブル崩壊との重なりで1年後はマイナスだった。「有事による下落」と「他要因による下落」が重なった事例だ。
イラク戦争(2003年)
| 時期 | S&P500 | 変動 |
|---|---|---|
| 開戦前(2003年2月) | 837 | — |
| 開戦後1ヶ月(2003年4月) | 916 | +9% |
| 1年後(2004年3月) | 1,126 | +35% |
開戦と同時に株価上昇。「事実買い」の典型例として教科書に載るレベルの動きだ。
ロシア・ウクライナ戦争(2022年〜)
ここから現代の例。2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻した。
ウクライナ戦争前後の各国株価推移(2022年初=100)
直接の影響を受けない米国・日本市場は早期に回復。欧州・ロシアは長期低迷。
「遠さ」と株価回復の関係が明確に出ている。
| 国 | 距離・関係 | 1年後 | 3年後 |
|---|---|---|---|
| 米国(S&P500) | 遠い | -16% | +30% |
| 日本(日経) | 遠い | -9% | +37% |
| ドイツ(DAX) | 近い(経済的依存) | -16% | +22% |
| ロシア(MOEX) | 当事国 | -35% | -26% |
**「遠ければ遠いほど早く回復する」**という法則が確認できる。
過去5つの紛争——共通の傾向
主要紛争時のS&P500リターン比較
短期は下落することが多いが、1年後はほぼプラスに転じる。
5例中4例で1年後はプラス。アフガン進攻時のマイナスは、ITバブル崩壊との重なりが主因だった。
歴史的には「遠くの有事は買い」は概ね機能している。
3. 「遠く」とは具体的にどれほどの距離か
ただし、「遠い」の判断が重要だ。物理的な距離ではなく、経済的・地政学的な距離で測る必要がある。
「遠い」を判断する3つの基準
① 直接的な貿易依存度 当事国との貿易が自国GDPの何%を占めるか。
- 米国にとってのウクライナ:0.1%未満(極めて遠い)
- ドイツにとってのロシア:エネルギー依存度高(近い)
② サプライチェーン依存度 重要部品・資源を当事国に依存しているか。
- 半導体・希少金属・エネルギーなど
③ 地政学的影響 同盟関係・軍事的緊張・難民流入など。
- 周辺国への波及リスク
「近い」例:ロシアにとってのドイツ、中東紛争にとってのイスラエル
これらは当事国・隣接国であり、株価への影響も深刻で長期化する。「遠くの有事は買い」は当てはまらない。
4. 重要論点——台湾有事は日本にとって「遠く」か
ここが本記事の核心だ。「遠くの有事は買い」を信じて単純に台湾有事に当てはめることはできない。
台湾有事が日本に与える影響——4つの直撃ルート
① 半導体サプライチェーンの壊滅
- TSMC(台湾の半導体ファウンドリ)は世界の先端半導体の90%以上を製造
- 自動車・スマホ・PCなど、ありとあらゆる電子機器が一時的に生産停止
- 日本企業の生産活動への直接ダメージ
② シーレーンの遮断
- 中東からの石油輸入の主要ルートが台湾近海
- 日本のエネルギー輸入の**約80%**が台湾近海を通過
- 燃料価格の急騰、経済活動の停止リスク
③ 安全保障上の影響
- 沖縄・南西諸島が事実上の前線になる可能性
- 米国の介入があれば日本も巻き込まれる
- 1937年・1945年の経験——「遠い戦争」が「近い戦争」に変わるリスク
④ 経済的損失の試算
- ブルームバーグ・エコノミクスの試算:世界経済への打撃は約10兆ドル(世界GDPの約10%)
- 日本経済への打撃は対中露対立よりはるかに深刻
日本の対中・対台貿易依存度(輸出入合計)
中国・台湾合計で日本の貿易の約3割。ウクライナ戦争時のロシア・ドイツ間より遥かに高い依存度。
中国+台湾で日本の貿易の約27%を占める。これは「遠くの有事」ではなく、**「至近距離の有事」**だ。
台湾有事の影響シミュレーション
仮に台湾有事が発生した場合、日本経済への影響は:
| 影響範囲 | 想定 |
|---|---|
| GDP打撃 | 短期で-10〜-15%(リーマンショック超え) |
| 日経平均 | 短期で-30〜-40%の急落 |
| 円相場 | 急速な円安または避難買いで急変動 |
| 半導体不足 | 自動車・電機メーカーの生産停止 |
| エネルギー価格 | 原油・LNGが2〜3倍に高騰 |
「遠くの有事は買い」を機械的に当てはめてはいけない——これが台湾有事に対する正しい認識だ。
5. 有事の際は投資を控えるべきか
ここで疑問が生じる。「では、有事リスクが高まる現代では投資を控えるべきか?」
答えは——それでも長期インデックス投資は続けるべきだ。
理由①:タイミングを当てるのは不可能
「台湾有事はいつか起きる」と多くの専門家が言うが、それが2026年なのか2030年なのか2040年なのか、誰にも分からない。
その間ずっと現金で待っていれば、機会損失は莫大だ。例えば:
- 2010年に「リーマン再来が怖い」と現金保持していたら、2024年までで約400%のリターンを逃した
- 2022年の「ウクライナ戦争で世界経済崩壊」と言われた時に売っていたら、2024年までの**+50%**を逃した
理由②:歴史的に株式市場は戦争を乗り越えてきた
S&P500の長期チャートを見れば、世界大戦・冷戦・湾岸戦争・テロ・パンデミック——あらゆる有事を乗り越えて右肩上がりだ。
短期的に下落しても、10年スパンでは必ず回復している。
理由③:個人ができる対策は分散投資のみ
仮に台湾有事を心配するなら、できる対策は:
- 地理的分散:日本だけでなく米国・欧州・新興国にも分散
- 資産クラスの分散:株式だけでなく債券・金・不動産も
- 時間分散:一括ではなく積立で投資
これらは普通のインデックス投資戦略でも自然と達成される。
「有事に備える」は「市場予測」ではなく「ポートフォリオ設計」
「来週何が起きるか」を当てる必要はない。 「何が起きても致命傷にならない」ポートフォリオを作る必要がある。
これが本質的な答えだ。
結論——「遠くの有事は買い」を超える原則
ここまでの検証をまとめよう。
データから言えること
- 過去5つの紛争で、4つは1年後にS&P500がプラス——「遠くの有事は買い」は概ね正しい
- 「遠さ」は経済的・地政学的に判断する必要がある——物理的距離ではない
- 台湾有事は日本にとって「遠くない」——機械的に格言を適用してはいけない
行動原則
| 状況 | 推奨アクション |
|---|---|
| 遠い国の有事報道で市場が下落 | 慌てず、むしろ積立を継続 |
| 自国・関係国に直結する有事 | 短期的な下落は避けられないが、長期積立は継続 |
| 「いつか有事が来るから現金保持」と思った時 | 機会損失の方が大きい。歴史を思い出す |
究極の答え
「遠くの有事は買い」という格言の背後にある真理は、**「短期の心理的下落と長期の経済実体は乖離する」**ことだ。
そしてこの真理は、有事に限らず——コロナショック、リーマンショック、ITバブル崩壊——あらゆる暴落で繰り返し確認されてきた。
タイミングを当てる努力をやめ、長期で持ち続ける覚悟を持つ。
これが、戦争のニュースに振り回されず、資産を守り育てる最も合理的な姿勢だ。
「遠くの有事は買い」は、「相場の短期動向ではなく、長期の構造に賭ける」という長期投資の本質を、わかりやすく言い換えた言葉でもある。
格言を機械的に適用するのではなく、その背後にある原理を理解する——それが、情報過多の時代を生きる投資家に求められる態度だ。
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