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時事×心理

「落ちてくるナイフをつかむな」は正しいのか――株の格言の意味と、拾ってよい時・危ない時

急落した株を買うな、という株の格言「落ちてくるナイフをつかむな」。その意味と由来をやさしく解説したうえで、本当に従うべきなのかを検証します。この格言が守ってくれるものと、代わりに失わせるもの。そして「拾ってよいナイフ」と「刺さるナイフ」を分ける、たったひとつの違いまで。

注記: 本記事は投資助言ではありません。行動経済学・心理学の観点からお金の判断を考えるための情報提供です。

株価が急落したとき、必ず聞こえてくる言葉があります。

「落ちてくるナイフをつかむな」

安くなったからといって手を出すな、という戒めです。とても有名で、そして——この格言に従うと、別の問題が起きます。

前回の記事では、暴落のあと「二番底が来る」と信じて11か月動けなかった経験を書きました。今回はその裏側です。待ちすぎる失敗と、早すぎる失敗。この2つは、実は同じ穴から生まれています。

本戸かな

急落した株をすぐ買うのも、底を待ち続けるのも逆の行動に見えます。何が同じなのでしょう。

真鍋 学

どちらも「底を見つけて勝ちたい」と考えやすい点や。まず、格言が教えてくれることと、教えてくれへんことを分けよう。

👉 「二番底」を待つのは正しいのか――コロナ後に11か月動けなかった私が失ったもの


意味と由来

英語の Don’t catch a falling knife が元になった、ウォール街の相場格言です。

落ちてくるナイフをつかもうとすると、柄ではなく刃をつかんでしまい、手を切る。
床に刺さってから拾えば、無傷で済む。
——株価も同じで、下げ止まりを確認してから買え。

たとえとしてよくできています。だからこそ、これほど広まりました。

ここまでは、どの解説にも書いてあります。 この記事で考えたいのは、その先です。


この格言には、答えが書かれていない

「床に刺さってから拾え」。では聞きます。

ナイフが床に刺さったことは、どうやって分かるのでしょうか。

株価が下げ止まったかどうかは、下げ止まってから、かなりの時間が経たないと確認できません。 3日間下げなければ底なのか。1か月か。半年か。基準はどこにもありません。

本戸かな

「床に刺さったら拾う」と言われても、株価には床の音がありませんね。

真鍋 学

せやな。今日が底やったかどうかは、未来の値動きを見て初めて分かる。格言だけでは買う日を決められへん。

そして「確認できた」と思える頃には、株価はとっくに戻っています。

前回の記事で書いた私の失敗は、まさにこれでした。私はこの格言に忠実だったのです。 底を確認してから買おうとして、11か月動けませんでした。その間に日経平均は75%上がっています。

この格言は「買うな」とは教えてくれるが、「いつ買え」は教えてくれない。
そして人は、教えてくれないほうを、永久に先送りする。

データで見る「底は当てられない」

言葉ではなく、実際の値動きを見てください。コロナショックとリーマンショック、2つの暴落について、日経平均が1日ごとにどれだけ動いたかを並べたものです。

縦の目盛りは2つで揃えてあります。

コロナショック
2020年2月18日〜5月11日(54営業日/底から半値戻しを達成した日まで)
2/18
2/19
2/20
2/21
2/25
2/26
2/27
2/28
3/2
3/3
3/4
3/5
3/6
3/9
3/10
3/11
3/12
最大の下げ
−6.08%
3/13
3/16
3/17
3/18
底
3/19
3/23
3/24
最大の上げ
+8.04%
3/25
3/26
3/27
3/30
3/31
4/1
4/2
4/3
4/6
4/7
4/8
4/9
4/10
4/13
4/14
4/15
4/16
4/17
4/20
4/21
4/22
4/23
4/24
4/27
4/28
4/30
5/1
5/7
5/8
5/11
リーマンショック
2008年9月2日〜11月14日(50営業日) ※リーマンの本当の大底は2009年3月10日。ここは急落局面だけを切り出したものです
9/2
9/3
9/4
9/5
9/8
9/9
9/10
9/11
9/12
9/16
9/17
9/18
9/19
9/22
9/24
9/25
9/26
9/29
9/30
10/1
10/2
10/3
10/6
10/7
10/8
10/9
10/10
最大の上げ
+14.15%
10/14
10/15
最大の下げ
−11.41%
10/16
10/17
10/20
10/21
10/22
10/23
10/24
この期間の安値
10/27
10/28
10/29
10/30
10/31
11/4
11/5
11/6
11/7
11/10
11/11
11/12
11/13
11/14
※横にスクロールできます。縦の目盛りは2つで統一(±14.5%)

2つに共通していたこと

最大の下げと最大の上げが、数日しか離れていない。
コロナは 7営業日(3/13 −6.08% → 3/25 +8.04%)。
リーマンにいたっては わずか2営業日(10/14 +14.15% → 10/16 −11.41%)。
しかもリーマンでは、最大の上げのほうが先に来ています。

暴落中に市場の外にいた人は、下げを避けたのと同時に、この上げも受け取っていません。 そして上げのほうが、下げより大きいことがあります。

本戸かな

大きな上げが大きな下げのすぐ近くにあると、下落だけを避けるのは難しそうです。

真鍋 学

うん。上がる日だけを選べるなら苦労せえへん。二つのグラフは、日を当てる難しさを示しているで。

2つで、まったく違っていたこと

底の日の姿です。ここが重要です。

コロナショック リーマンショック
大底を付けた日 2020年3月19日 2009年3月10日
急落の4か月半あと
その日の下落率 −1.04% −0.44%
当日の見え方 どちらも「何も起きていない、静かな下げの日」だった

大底は、どちらも劇的な暴落の日には来ませんでした。 1%にも満たない下げの日が、結果的に最安値になっています。

そしてリーマンの大底は、急落が終わってから4か月半も後でした。上のグラフの期間(2008年9〜11月)は、まだ途中だったのです。「これで終わりだろう」と思える下げのあとに、さらに長い下落が続きました。

本戸かな

最安値の日が意外と静かだった一方、リーマンではその日がずっと後に来た。形が一つに決まっていないんですね。

真鍋 学

せや。底には看板もファンファーレもない。値動きの速さが違っても、当日に見分けるのは難しいんや。

👉 「二番底」を待つのは正しいのか――コロナ後に11か月動けなかった私が失ったもの

回復の速さが違っても、結論は変わらない

コロナは底から32営業日で半値を戻しました。リーマンは元の水準に戻るまで何年もかかっています。回復の速さは、まったく違います。

それでも、日々の値動きの形は同じでした。 大きな下げと大きな上げが隣り合い、底の日は事前に見分けられない。

回復が速かったから当てられなかったのではありません。 速くても遅くても、当てられないのです。

「床に刺さったのを確認してから拾え」。 この2つの図を見て、どこが床だったか、当日に判断できたでしょうか。


拾えるナイフと、刺さるナイフ

では、この格言は役に立たないのか。そうではありません。

ただし、格言が言っていない前提があります。それは、落ちている理由です。

同じ「急落」でも、中身はまったく違います。

回復し得るナイフ:市場全体の下落
パニック、金融不安、金利の急変など、市場全体が一斉に売られている場合。
企業の稼ぐ力そのものは変わっていないのに、株価だけが下がっている状態です。
回復が難しいこともあるナイフ:企業自身の下落
業績の構造的な悪化、事業モデルの陳腐化、不祥事など、その企業自身に原因がある場合。
この場合、株価が戻らないだけでなく、さらに下げ続けることがあります。

「安くなったから買う」という判断には、この区別が入っていません。 下落率しか見ていないからです。

そして厄介なことに、落ちている最中に、この区別をつけるのは非常に難しい。 悪材料が出た直後は、それが一時的なのか構造的なのか、当事者にすら分かりません。

本戸かな

下落率だけを見て「安い」と決める前に、何が起きたかを調べる必要がありますね。

真鍋 学

そうや。ただ、市場全体の下落に見えても回復は保証されへん。理由が分からないなら、分からないままの判断やと認めるのも大事やで。


インデックスなら、この格言は当てはまるのか

よく言われる話です。「個別株は倒産するが、インデックスは倒産しない。だから落ちてきても拾える」。

半分正しく、半分は言いすぎです。

正しいのはここです。指数は構成銘柄が入れ替わり続けます。 力を失った企業は外れ、伸びた企業が入る。だから個別企業が消えても、指数そのものは残ります。一社が倒産しただけで指数全体がゼロになるわけではありません。

しかし、指数なら痛くないわけではありません。

日経平均が1989年末に付けた史上最高値38,915円。
この水準を回復したのは2024年2月——34年後でした。

1989年の天井で買った人にとって、それは人生の大半にわたる含み損でした。「いつか戻る」は正しかったのですが、戻るまでの34年をどう過ごすかは、まったく別の問題です。

本戸かな

指数は一社に依存しない。でも、持っている人の時間には限りがありますね。

真鍋 学

うん。分散は大切やけど、値下がりも長い低迷も消してくれへん。使う時期まで考えて資金を分けたいな。

つまり、インデックスであっても「落ちているから拾えば必ず報われる」とは言えません。当ブログで扱った「株式の死」の話も同じ構造です。

👉 「株式の死」はまた訪れるのか――NISAブームの今こそ知りたい、株が16年眠った時代


なぜ人は、それでもナイフをつかむのか

「つかむな」と言われているのに、多くの人がつかみます。ここに心理が働いています。

① 高値からの下落率で「安い」と感じてしまう

3,000円だった株が1,500円になると、半額に見えます。実際に半分になっています。

しかし、それは3,000円が正しい値段だった場合の話です。もともと高すぎたのなら、1,500円でもまだ高いかもしれません。

私たちは企業の価値を計算して「安い」と判断しているのではなく、直前の株価と比べて「安い」と感じているだけです。これが アンカリング です。

本戸かな

3,000円から1,500円なら半額。でも、値札が半分になったことと、企業の価値が割安になったことは別ですね。

真鍋 学

その通り。セールの札は前の値段を教えてくれるけど、これからの稼ぐ力までは保証してくれへん。

前回の記事では、私はこの逆をやっていました。底値の16,552円が頭にこびりついて、20,000円が「高い」に見えた。同じ現象が、買う側でも売る側でも起きます。

② 「もっと下がったら、もっと買えばいい」と思ってしまう

いわゆるナンピンです。

理屈としては成り立ちます。同じ株を安く買い増せば、平均取得単価は下がります。問題は、これが「間違いを認めない方法」としても機能してしまうことです。

損切りするのは、自分の判断が外れたと認めることです。しかし買い増せば、「安く仕込んでいる最中」という物語のまま続けられます。負けを認めずに、傷を広げられる。

👉 なぜ損切りができないのか――損を2倍痛く感じる脳の仕組みと、4つの対処法

③ 「一生に一度の買い場」に見えてしまう

暴落はめったに来ません。だからこそ、来たときに「今しかない」と感じます。

そう思うほど、完璧にやりたくなります。 そして完璧を狙う人は、狙いすぎて動けなくなるか、焦って早く動きすぎるか、どちらかに振れます。

私は前者でした。この記事を読んでいる方には、後者の方もいるはずです。方向は逆ですが、原因は同じです。


待ちすぎる失敗と、早すぎる失敗は、同じ穴から出ている

ここが、この記事でいちばん伝えたいことです。

早すぎる失敗 待ちすぎる失敗
行動 落ちてくるナイフをつかむ 二番底を待ち続ける
結果 さらに下げて含み損を抱える 上昇をまるごと逃す
やろうとしたこと どちらも「底を当てよう」としている

正反対に見える2つの失敗は、同じ前提から出ています。 どちらも「底がどこかを、事前に知ることができる」と考えている。

本戸かな

早く買う人も、待ち続ける人も、底をぴたりと当てる前提に引っ張られる。

真鍋 学

せや。行動は逆でも、正解の日を一日だけ選ぼうとするところは同じや。

そして、それは誰にもできません。

「落ちてくるナイフをつかむな」という格言は、この不可能な作業を、あなたに続けさせます。 つかむなと言い、いつ拾えとは言わない。だから人は、判断できないまま、底を探し続けることになります。


では、どうするか

底を当てられないなら、当てなくて済む形にするしかありません。

1. 一度に全部やらない
分けて買えば、買う日を一日に絞らずに済みます。ただし、分けても損失を防げるわけではありません。 「拾うか、待つか」の二択で考えている限り、この選択肢は見えてきません。
2. 下落率ではなく、下落の理由を見る
「30%下がったから安い」は、値段の話であって価値の話ではありません。 外から来た下落なのか、中から来た下落なのか。答えが出なければ、それは「分からない」という結論です。
3. 買う前に、外れたときの行動を決めておく
買ったあとに決めようとすると、そのときには損失回避が働いていて決められません。 買う前の、まだ痛くないうちに決めておく。これが唯一うまくいく順番です。

👉 一括投資のほうが儲かるのに、なぜ積立が正解なのか――ドルコスト平均法の心理学

本戸かな

一度に決めずに分ける方法も、下落を防ぐ魔法ではありませんね。

真鍋 学

もちろんや。資金の使い方と、なぜ買うのか、外れた場合にどうするかを先に考えるための整理やで。


まとめ

  • 「落ちてくるナイフをつかむな」は、急落中の株を買うなという戒め。英語の Don’t catch a falling knife が由来
  • たとえとしては優れているが、「いつ買えばいいか」には答えていない
  • 下げ止まりは、下げ止まってからかなり経たないと確認できない
  • 大事なのは下落率ではなく下落の理由。外から来た下落と、中から来た下落は別物
  • インデックスは指数自体はゼロにならないが、日経平均は高値回復に34年かかった。「指数なら安全」も言いすぎ
  • 早すぎる失敗も、待ちすぎる失敗も、どちらも「底を当てよう」としている点で同じ
  • 底を当てられないなら、当てなくて済む形にする(分けて買う/理由を見る/先に決めておく)

この格言は、あなたを守ってくれます。同時に、あなたを止め続けます。

守られるべき人と、止められては困る人がいます。自分がどちらなのかを知ることのほうが、格言に従うかどうかより大事だと私は考えています。


出典・参考資料

格言の由来

  • 英語表現 Don’t catch a falling knife(急落中の資産に手を出すことの危険を指すウォール街の慣用句)

日経平均株価

日次騰落率のグラフ(本文中)

  • 日経平均の日足終値(Yahoo!ファイナンス 時系列)から、当ブログが前日比の騰落率を算出したもの
  • コロナショック:2020年2月18日〜5月11日の54営業日/リーマンショック:2008年9月2日〜11月14日の50営業日
  • グラフ中のリーマンの安値7,162円90銭(2008年10月27日)は、この期間(2008年9〜11月)における終値ベースの安値です。ザラ場の安値は10月28日の6,994円90銭
  • リーマンショックの大底は2009年3月10日の7,054円98銭(終値ベースのバブル崩壊後最安値)

行動経済学の概念

  • アンカリング/損失回避は、行動経済学における一般的な概念として記述しています

※株価は各時点の終値にもとづく数値です。「拾えるナイフ/刺さるナイフ」の区分は、当ブログによる整理であり、確立された分類ではありません。


本記事は株の格言の解説と、行動経済学の一般的な解説であり、投資に関する個別の助言ではありません。急落時の売買を推奨するものでも、控えることを推奨するものでもありません。特定の銘柄や商品を勧めるものではありません。過去の値動きは将来の成果を保証しません。投資には元本割れリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。


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